バルザックの復権

 

バルザック的な小説に対する死が論告されてから、まもなく半世紀になろうとしている。求刑をおこなったのはヌーボーロマンの一群の作家たちだった。ヨーロッパは、二つの大戦を経て、根底から変わった。にもかかわらず、バルザックに代表される伝統的小説はなんら新しい現実に対応していない、いやそれ以上に、伝統的小説には、もはやそれに対応する能力も可能性もない、そう彼らは見たのだった。

大規模な破壊の末に到来した新しい時代の小説を作り出すためには、同じく伝統的小説形式の徹底的否定と破壊からはじめなければならない。おそらく、ヌーボーロマンの作家たちは、すでに老朽化し戦争で痛んだ大建造物に成算のない補強を行なうよりは、むしろきれいさっぱり取り壊し、更地の上にまったく新たな文学を打ちたてるための探求を行なおうとしたのだった。

 ところで、われわれは、戦後の一群の前衛的作家たちを、ヌーボーロマン、と一括りに呼称している。しかし、ヌーボーロマンは、両大戦間のダダイスムやシュールレアリスムのような、ある文学理論を核に連帯的な関係を作り上げた集団ではなかった。彼ら本人たちにとっては、ヌーボーロマンは、外部から勝手に組み合わされた作家たちの呼称でしかなかったのである。ミシェル・ビュトールは、来日講演『戦後のフランス文学』の中で、次のように語っている。

 

「当初私たちは、いつでも自分たちがいっしょくたに論じられるということに、非常な苛立ちを覚えました。ナタリー・サロートとロブ=グリエと私は、しばらくの間、批評家たちにとっては切っても切り離せない関係にある、フランス小説の三銃士だったわけで、私たちは全然自分の思想ではない思想を押しつけられるのを、がまんがならないと考えていました。」(1)

 

明確な根拠もなく任意の作家たちを一まとめにした呼称に対する違和感は、ヌーボーロマンを代表するこの三人の作家だけに限ったことではあるまい。実際には、クロード・シモン、サミュエル・ベケット、レーモン・クノーらから、ヌーボー・ヌーボーロマンともいわれる『テル・ケル』のフィリップ・ソレルスやジャン・リカルドゥーにいたるまで、みなそれぞれ少しずつ異なる文学観・芸術観を持ち、異なる美学のもとで小説の探求を行なっていた。けれども、彼らには全員一致していることがあった。それが、ほかでもない伝統的文学形式に対する死刑宣告なのであった。

 フランスにおいて、形式というものに対する文学者の明確な自覚が生まれたのは、十七世紀の古典主義からといわれる。文学表現の違いにしたがって「荘重体」「中庸体」「平俗体」といった文体上の規矩が存在していたギリシャ=ローマの古典文学に習って、文学者は自分の作品の文体をはっきりと意識し始めるようになった。たとえば、フランス文学史を学んだことのある者なら、ラシーヌの悲劇が、厳選された二千語ほどの単語を用いて、韻文で書かれていることを誰もが知っている。それは、悲劇は荘重体、という古典文学の常識に従っているのである。けれども、そこで忘れてならないことは、文学史上のあたりまえの事実も、その時代にあっては、一つの革新的な文学事件であった、ということであろう。ラシーヌの悲劇は、内容において人の心に触れる傑作であったと同時に、形式においてフランス語による荘重体の創出にほかならなかったからである。

 このように、あるとき一つの形式が誕生し、その上に一群の傑作が作られる。爾来、文学者はもはや自己の作品の形式や文体の問題に無頓着でいることはできないだろう。新しい文学には新しい形式が必要となる。あるいは、新しい文学には必然的に新しい形式が備わっていなけらばならない。文学に携わるものがみなそれを暗黙の常識とするフランスは、おそらく、文学形式に最も鋭敏で意識的な国である。だが、そのフランスの文学史の中でも、なかんずくヌーボーロマンこそ、あえて彼らの意思に逆らって「流派」という言葉で一括りにするなら、形式の問題を文学の中心命題に据えた流派である。けだし、彼らにとっては、内容よりもまず形式であった。

 

彼らが攻撃したのは伝統的小説形式という、要するに過去の小説すべてではあったが、特に標的にし集中砲火を浴びせたのは、バルザックのレアリスム文学形式であった。レアリスムの形式は、多くの場合なんの意識もされずにあらゆる言説に多用され、社会的言語活動の基本をなしてきたし、今もなお、なしている。それは、いわば最も単純な物語形式であり、人間が知覚するあらゆる事象を抽象化し組織化し意味づけているものである。人は、ただ呆然と感覚を開放しているだけでは何も認識しないが、知覚を動かし対象を固有の意識の中で明確に秩序づけたとき認識が生じ、それを意味として言葉に収斂させたとき<物語>が生まれる。したがって、人間の生活は物語に取り囲まれているといいうる。たとえば、ただ自分一人での省察においても、人との会話でも、新聞やテレビの報道においても、意味の網目の上でなされる一般的言語活動には必ず物語が存在している。人が把握したなんらかの知的認識を言葉にするとき、そこには必ずさまざまなレベルの<物語>が生じるのである。それゆえ、レアリスム小説とは、単に、その物語を、実在の現実と照合できない仮想現実の実体から、同様の経路をとおして、大規模に生み出している、というに過ぎない。ほとんどすべての小説はレアリスムを下地としているのである。ロブ=グリエは、「今日通用している唯一の小説概念は、バルザックのいだいていた小説概念である」(二)と明言している。つまり、言い方を換えるなら、レアリスム小説とは、大きな意味の塊であり、同時にその意味を保証する起源たるべき仮想実体を選択的かつ組織的に表象したものである。したがって、もしバルザックが伝統的小説形式の権化として攻撃の的となるとすれば、それはバルザックが、人間すべてが持つこうした物語機能を、小説においてきわめて大きなスケールで先鋭化し、洗練させ、深化させ、最も完成させた形で展開しているからであろう。

 

ナタリー・サロートは、このようなバルザックの小説の中でもとりわけバルザック的なもののひとつである『ウジェニー・グランデ』を俎上にのせて、つぎのような批評を下している。

 

「かつて作中人物は、なにからなにまで申し分なく具え、あらゆる種類の財宝に満ちあふれ、細心の注意を払われていた。短ズボンの銀の止め金から鼻先の青筋の浮いた瘤にいたるまで、なに一つとしてグランデに欠けたものはなかった。」(三)

 

サロートの取り上げた『ウジェニー・グランデ』は、守銭奴の娘の運命的な恋とその悲しい結末を描いた小説である。この小説は、まず主人公の父フェリックス・グランデが住む田舎町ソミュールの、古い特徴的な町なみの描写から始まる。描写は、あたかもカメラが徐々に通りからある家に焦点を合わせてゆくように、表通りから街路の目だたぬ場所にあるグランデの家に移り、そのときその家の主の酒樽屋が、いかにしてフランス革命の混乱期に莫大な富を築き上げたか叙述される。つづいて、いま彼はどういう顔つきをし、どういう身体的特徴を持つか表され、その際注意をひく彼の物腰、振舞、口調などが説明される。それが終わると、描写は最後に邸の内部にいたり、一家の日常生活の様子が、妻と使用人およびグランデ家に出入りする人物たちの提示をともなって描かれる。

これらの描写は忍耐を要するほど長いが、バルザックにおいては、描写部分はときに小説全体の一割近くにまで及ぶことがあり、これはけっしてめずらしい例ではない。描写はおおむね小説の冒頭におかれるが、話の展開の途中で重要作中人物が現われるときは、筋の流れが中断されて描写となる場合もある。また、話がいきなり展開し始めることもなくはないが、その場合でも、まもなく経緯や状況の説明が行われ、そこに必ずまとまった描写が挿入される。筋が本格的に展開するのは、そのあとである。

なぜこのような形式をとるのか。おそらく、バルザックの描写のもっとも重要な役割は、作中人物が物語の中で活動を始める前に、その本質を暗示することにあるからである。たとえば、サロートが揶揄しているグランデの「鼻先の青筋の浮いた瘤」は、正確にはつぎのようなくだりにある。

 

「彼の、先がふくらんだ鼻には、青筋の浮いている瘤が一つくっついていて、これには悪意がいっぱい詰まっているのだと俗人はいっていたが、まんざら理由がないわけでもなかった」。()

 

すなわち、グランデの容貌において特徴的な「鼻先の青筋が浮いた瘤」は、彼がしたたかで食えない人物であることを暗示する与件であり、この指摘はつづいて述べられる「油断のならない頭の鋭さ、いっこう本気ではなさそうな誠実ぶり、(・・・)貪欲の享楽ということに感情を集中するのが癖になっている男の利己主義」(五)という叙述と滑らかに連鎖してゆく。こうした組み立ては、服装やその趣味、生活習慣や癖など、さまざまな要素を描く場合にも共通している。

当時、バルザックは、現代では疑似科学として一笑に付される、人間の容貌や骨格と性格との因果関係を論じたラヴァテールの観相学、ガルの骨相学を、科学として信じていた。また人間の外見や行動様式は必ずその人間の性格を反映していると確信していた。したがって、バルザックの小説においては、描写された細部はある本質を象徴的に示しており、多かれ少なかれ作中人物はいわば予めある程度の濃さの色で染め上げている。この色は筋の進行にともなってどんどん濃くなり、奥行きとふくらみを増しながら明瞭になってゆく。要するに、話の展開にともなって人物の本質ははっきりとしてゆくのである。しかも、その際、細部は互いにつながって有機性を醸し、人物に緊密な現実感を付与することになる。

であるとすれば、描写における細部はレアリスム小説を支える最も重要な条件であり、まさにサロートが「財宝」と表現して当然のものなのである。実際、バルザックは、

 

「この(小説という)荘厳な虚偽において、もしも細部における真実がなかったならば、小説は取るに足らないものとなるであろう」(六)

 

と述べ、

 

「細部だけが小説という、ふさわしからざる名で呼ばれている著作物の長所となるであろう」(七)

 

と明言している。

 

だが、いうまでもなく、サロートの「財宝」という表現には毒が含まれている。つまり、このような描写には、明らかに揶揄されてしかるべき側面が見出しうるのである。それは、下世話なとらえ方をすれば、じゃあ「鼻に青筋が浮いた瘤」があったら、その人間はグランデのように食えない奴ということになるのか、ということであり、形式の根本的問題としてとらえるなら、人物の容貌、身体的特徴、服装、等々の細部のすべてが、ある意味を中心に組織化されているということである。そこでは彼がどういう姿をしているかという虚構の実体としての人物の様相そのものは第二義的な問題であって、なんらかの典型的な個性をもつ人間にふさわしい外見をしているかどうかが重要なのである。

それゆえ、作中人物は、当然「なにからなにまで申し分なく具え」ている。そこでの意味の連鎖は極めて意図的なのであり、もし形象と意味との結合が巧妙になされたならば、たとえばドストエフスキーが最もよく成功したように、きわめて個性的人物に重みと深みのある現実感を付与することができるだろう。しかし、逆に、連鎖の意図がありきたりで容易に看取されるものなら、うすっぺらで実にわざとらしい、三文小説によくある作り物の感じを読者に与えてしまうことになる。

ロブ=グリエは、バルザック的作中人物について、「彼は<性格>を、それを反映している顔を、性格と顔の両方を規定した過去を、所有していなければならない。彼の性格が彼の行動を決定し、それぞれの出来事に対して一定の反応の仕方をさせる」(八)と述べている。また、サロートは「性格についていえば、読者はそれが大まかなレッテル以外のなにものでもないことをよく承知している」(九)と述べ、「作中人物の仕草は、すべてこの隠されていたもののある面を叙述していたのであって、どんなつまらない骨董品といえども、その切子面の一つをきらめかしていたのである」(一〇)と言っている。

これらバルザック的な描写に対するロブ=グリエやサロートの批判は、実に的確で、レアリスム形式における問題の本質を突いている。

 

だが、この異議を最初に唱え、鋭い批判を浴びせたのは、当時のあらゆる問題に率先してかかわっていたサルトルであった。サルトルは、言うまでもなく、戦中戦後のフランスの知識人を代表する哲学者であり、当時の若い人々に極めて大きな影響力を持っていた。ビュトールは、当時のサルトルについて、こう語っている。

 

「私がソルボンヌの学生だったころ、サルトルの影響を受けないですますということは不可能でした。彼を読まない連中でさえ、他の連中が彼の噂をしましたから、彼の教えにひたされていました。数年間にわたって、サルトルはフランス全土の哲学教師でした。(・・・)サルトルは、通俗化に対する天才的な能力を持っていました。一九四五年から一九五〇年にかけて、フランス人の会話の水準は、彼がその中に持ちこむことに成功した数々の概念のために、いちじるしく高度化したということができます。私が学生だったころ、私たち、つまり私個人ではなく、私の友人たちの大部分も、サルトルは<真理>を語っているのだと考えていました。彼がなにか言うと、私はすぐにそれを自分のものとしました。」

 

もちろん、ヌーボーロマンの作家たちとサルトルとの間には、文学の政治参加、つまりアンガージュマンをめぐって、決定的な相違がある。ヌーボーロマンの作家たちにとっては、文学こそがあるいは芸術こそがすべてなのであって、それは自己完結的であり、それそのもの以外にはいかなる目的も持っていない。彼らにとって、芸術は、あくまで無償であり、何にも従属せず、自由で独立したものでなければならないのである。それに対して、サルトルは、文学が社会に及ぼしうる影響を重視し、作家はその認識の上で仕事をしなければならないことを説いた。つまり、サルトルにおいては文学に政治的意味を、社会的目的を、要するに何らかの功利性をおくのである。この点で両者の間には越えがたい深い溝がある。けれども、ヌーボーロマンという一つの文学事件が生まれる口火を事実上切ったのは、サルトルなのであった。彼は、レアリスム小説が人間の<実存>を描いていないことを、またけっして描きえないことを、最初に、しかもビュトールが証言しているように当時圧倒的な影響力をもって、その小説や文学論説や対談をとおして、声明していた。

 

<人間においては、実存が本質に先立つ>。これは、周知のように実存主義哲学の要諦である。この哲学がどのような形でレアリスム小説批判に結びつくか、いま少し注意深くサルトルの主張に耳を傾ける必要があるだろう。

 

「実存が本質に先立つとは、この場合何を意味するのか。それは、人間はまず先に実存し、世界内で出会われ、世界内に不意に姿をあらわし、そのあとで定義されるものだということを意味するのである。実存主義の考える人間が定義不可能であるのは、人間は最初は何ものでもないからである。人間はあとになってはじめて人間になるのであり、人間はみずからがつくったところのものになるのである。このように、人間の本性は存在しない。その本性を考える神が存在しないからである。人間は、みずからそう考えるところのものであるのみならず、みずから望むところのものであり、実存してのちにみずから考えるところのもの、実存への飛躍ののちにみずから望むところのもの、であるにすぎない。人間はみずから作るところのもの以外の何ものでもない。」(一二)

 

このサルトルの人間の実存についての分析を読んだうえで、レアリスム小説を考えてみると、レアリスム小説においては、人物の<本質><実存>に先立っている。作者はそこでは<>にほかならない。すべてはその意図に従って仕組まれ、出来事は<>の視点に立って描写される。作中人物からは見えない任意の場所の様子も、相手の心の中も、必要に応じてどこでも何でもすべてが明らかにされる。バルザック的虚構世界の中心には、常に<>としての作者の目が君臨しているのである。

かくして、レアリスム小説は人間の実存を描いているか、否、人間の見る現実世界を描いているか、否、その形式で人間の<真実>を描きうるか、否、そういう結論にいたらざるをえないだろう。こうして、これまで伝統的小説が描いてきた<真実>に、根底から疑いを投じたサルトルと、またその洗礼を受けて出発したヌーボーロマンの作家たちは、まさにサロートの文学論説の表題どおり、いまや作者の決定論に読者が疑義を投じる「不信の時代」が始まったことを宣言したのだった。

 

では、どういう文学が可能なのか。

ヌーボーロマンは、あえて大づかみにまとめれば、二つの道を見出したように思われる。

その第一は文から意味の網目を剥ぎ取ることである。ヌーボーロマンも小説である限り文の集積である。文は語からなり、語にはそれぞれその語が由来する実体、ないしは実体と実体の関係からさらに抽象されたメタ実体があり、それらは文法に従って組織されている。それゆえ、それぞれの文には当然何らかのイメージと意味のまとまりが生じる。われわれは、たとえばロブ=グリエの書いた小説を読みながら、概してこれまでの習慣にしたがって、描写されたものからある映像を想い浮かべつつ、そこから把握しえた意味を前の文やまた次の文へとつなぎ、それによってさらに大きな意味を引き出そうとする。すると、われわれはたいがい漠然と何かを理解したような気になるが、その理解したように思った意味の筋道を次々に直線的に、あるいは全体に放射状につないでゆこうとすると、意味の網目はいたるところでほころび始め、収拾がつかなくなる。やがて、われわれはその試みに疲れ、それを放棄し、ついには、たとえ読み通しえたとしても、その読書は挫折のうちに終わる。

それは、おそらく、ロブ=グリエのような小説においては、それぞれの文に意味があっても、有機的に連係する意味を意味させようとしていないからである。意味は任意の塊にされて、断片のまま投げ出されており、しばしば鍵となる言葉のもつ多義性やイメージの連鎖性から、ある大きな意味に収斂するのとは逆に拡散してゆく。肝心なのは意味の網目ではなく、言葉や文の一つ一つがもつなんらかの表現作用、つまりイメージも意味も音もときには綴りをも含めた一体的表現の機能であり、それらが組み合わさった中で生まれる“何ものか”なのである。

それは、たとえば、モンドリアンの一連の『コンポジション』と題される抽象絵画と同じように、何かを描いたものではないだろう。単に素材を構成したものであり、いくつかの色彩とその色彩の異なる面積の配置そのものがある美を現出するように、純粋に言葉の持つ音やイメージや意味を一つの素材として構成し、言語による、独立した、何か特異な、審美的なものを組み上げようとしたものと考えられる。畢竟、それは、こういう言い方が許されるなら、<絶対言語芸術>の試みであり、小説というよりも、むしろ詩に近いもの、と考えることができる。

もう一つの見出された道は、人間の非合理で不確実な実存的在り様をそのまま現出しようとすることである。そこには、まず、約束された客観性というものが存在しない。周知のように、ヌーボーロマンでは、神の視点からの三人称は用いられず、確定した事実を記述するための過去形である単純過去も使われない。多くの場合主人公は一人称体となり、「私」の見た世界が描写され、「私」の立場から物事は叙述される。そのとき、主人公の公平性はなんら前提ではなく、述べていることの真偽も、それが作中の現実か夢想かの保証もなされない。場合によっては、夢想も現実も主人公にとって等価である。また、時間は、意識の中によみがえる記憶の鮮度により、あるいは不意の湧出により、物理的時間を超越し、語られたり喚起されたりする過去は年代記的な秩序に従わない。小説の中心には、伝統的小説の怜悧に解剖された心理にかわって、不安と矛盾にみち、流動的で不可解で、概念化を拒む、混沌とした心理が据えられる。こうして、小説に何らかの一貫した物語とそこにこめられた分析や主張や美学や教訓やその他もろもろの確かな意味を求める読者には、何がなんだかわけがわからないことになる。にもかかわらず、すべての読者には解釈の自由が委ねられており、最終的に小説の<本質>を決定するのは、あくまでわれわれなのである。作者は選択と構成の自由を持ち、想像力の方向づけを行っているにすぎない、ということになる。

このように、ヌーボーロマンの性格と特徴をとらえてみると、ヌーボーロマンと、またそののちヌーボーロマンの文学理論の影響を受けて出発した現代小説は、ある意味で、現実をことさら反映しているといいうるだろう。戦後、ヨーロッパは普遍的絶対的価値を完全に喪失した。ニーチェがいち早く叫んだ神の死は、時代が実証し、歴史の大きな悲劇を通して人々に受容されるにいたった。以来、真理は相対的なものとなったのである。

依拠する確たる基準を失えば、心理は自由になろうが、同時に不確実で不条理なものであることがおのずと認められるようになるだろう。当然、人が人を判断することも、自分が自分自身を判断することさえも、疑わしくなる。時を経て立脚点が移れば、誰もが自明と思えた審判も変転し、理想も明日には悪夢に変わるかもしれない恐れを、いまや人は抱いている。

かつてサルトルは、フローベールの文体の中に潜むブルジョワ性を暴き、文学の中にも階級的特質が現れ出ることを明らかにしたが、そのとき彼の批判が依拠していたマルクス主義という理想は、この四半世紀の間に、最も倫理的な政治思想という認識から、最も非倫理的な専制政治に堕しうる政治思想という認識に変わった。いまや、あらゆるイデオロギーには疑惑がかけられ、サルトルの指摘の意図とはまったく違う指針において、文体からはイデオロギー性も階級的審美性も洗い落とされねばならなくなった。ロラン・バルトのいう「白いエクリチュール」が理想的文体とされる時代になったのである。

現代文学は、こうして、世界の情況をことさら反映している、と言いうるだろう。もっとも、文学は、特段意識的にならなくとも、現実を反映するものではあるだろう。しかし、現実世界の情況に則していることを不文律としたヌーボーロマンの新たな地平への野心と精力的な探求、知的な冒険と誠実な思考、そして求道的とも思える創作での努力の結果、無邪気な文学は顔を赤らめて立ち去らざるをえなかった。結局、極北まで意識的と思える知的で人工的な文学が残ったのである。

六十年代から七十年代まで人口に膾炙した言葉を引けば、「フランスでは最も話題になる文学が最も読まれない」。多くの人々が緻密な理知的考察に驚嘆し、苦難にみちた実践に尊敬の念を抱いても、市場価値の法則からは、ヌーボーロマンはまったく評価されなかった。市場価値が文学の真価を表したことなど、出版の歴史を見れば、これまで一度もないことは明らかであるが、それにしても、文盲がほとんどいなくなり、過去に倍する人々が高等教育を修め、数百年にわたる長い文学伝統のある国で、現代文学が読者を遠ざけていることは、その文学が現代を反映していても、現代の人間の心を汲み取ってはいない、と考えざるをえないのではなかろうか。明らかに、人々はレアリスム文学を懐かしんでいたのである。

しかし、ヌーボーロマンがここにいたったのは、たとえ一部が分岐して言葉の表現機能そのものへの探求へ向かったとしても、ヌーボーロマンが徹底して文学と世界との関係に、あるいは文学と人間の実存との関係にこだわった結果にほかならない。その意味でヌーボーロマンは、皮肉にも、人間を常に社会と歴史の中でとらえていたバルザックの嫡流の子孫ともいいうるかもしれない。

 

六十年代の末から、ヌーボーロマンが閉塞状況に陥っているように思われたとき、ラテンアメリカ文学の発見があった。とりわけ、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』は簡潔な語り口で、さまざまなエピソードを重層的に組み合わせ、夢想と現実を融和させつつ独特の現実感を持つ虚構世界を作り上げていることが見出された。それは、結構の独創性において暗に現代小説が求める条件をみたすと同時に、意味のある物語の集合によって、まさにそれに飢えていた読者の渇きをいやしたのだった。そのあたりから、徐々に物語の復権が試みられ始めたように思われる。だが、こうした試みは、常にヌーボーロマンの理論を意識しつつも、論争的姿勢を持たず、ただ坦々と新たな作品を提出し、その意義を問おうとしているように見える。

たとえば、そうした文学の中で、アゴタ・クリストフの『悪童日記』は、最も新しい試みの一つであろう。『悪童日記』は、『百年の孤独』のように、多くの意味の明瞭なエピソードが重層的に組み合わされて出来あがっている。しかも、そのエピソードを記す作中人物である双子の「ぼくら」は、次のように記述の方針をさだめている。

 

「ぼくらには、きわめて単純なルールがある。作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。

たとえば、『おばあちゃんは魔女に似ている』と書くことは禁じられている。しかし、『おばあちゃんは“魔女”と呼ばれている』と書くことは許されている。

<小さな町>は美しい』と書くことは禁じられている。なぜなら、<小さな町>は、ぼくらの眼に美しく映り、それでいて他の誰かの眼には醜く映るのかもしれないから。

同じように、もしぼくらが『従卒は親切だ』と書けば、それは一個の真実ではない。というのは、もしかすると従卒に、ぼくらの知らない意地悪な面があるかもしれないからだ。だから、ぼくらは単に、『従卒はぼくらに毛布をくれる』と書く。」

 

『悪童日記』の文体はすべてこのルールにしたがって書かれる。つまり、そこには、個人的な感情や独断的判断など、確実性が疑われるものをことごとく排除しようとした、きわめて簡潔でニュートラルな文体があるように思われる。それはあたかも描くものの存在をそのまま保証する究極のレアリスムであるかのようである。ところが、双子の「ぼくら」が、まったく同じ体験をし、まったく同じ人物のように事実を分かち、認識し、交互に、まさしく一心同体の<「ぼくら」の日記>を記しうる、などとということは、実際には考えられないことである。しかも、小説の最後では、双子の片方が家の前の国境を越え、もう片方が残るが、続巻の『ふたりの証拠』で、国境を越えた双子の片方が、もう一方の不可能な探索をしているうちに、その存在が不可解なものとなり、さらに『第三の嘘』へ読み進むと、双子の存在そのものが作中人物によって勝手に作り上げられた妄想に過ぎないかもしれない、ということになる。殺ぎ落としたようなレアリスムの文体で書き、一つ一つを何がしかの意味を考えさせるエピソードで構成しながら、読者が有機的に全体を構築しようとすると、とたんにすべてを疑惑の中に投じる。『悪童日記』は、終盤まで明確な物語的連続性を有し、ある強いメッセージを発しているように思えることから、続巻へと読み進んだ読者は、そこでひどい混乱に陥れられるだろう。にもかかわらず、その文体と形式は意味の連鎖を疑わさせはしないのである。だから、われわれは、双子という存在は実は何かのメタフォールなのかもしれない、と考える。しかし、作者は、おそらくさらに何かを語ろうと意図して、われわれの混乱をいっそう大きくさせるばかりで、けっして何も保証しようとはしない。また、こののちも、すべてを解き明かすような意味の結節点を、新たな続編となる小説の中で作ることはしないだろう。そこには、やはり、是非はさておき、あらゆる決定論的立場や仕組まれた<本質>を忌避するヌーボーロマンの影を感じ取ることができるのである。

けれども、アゴタ・クリストフの小説は、たしかに、結局読者を整合性のある物語へと導きはしないが、『百年の孤独』がラテンアメリカの歴史を暗示させていたように、ときにきわめて強いインパクトをもって、はっきりと、とあえて断言しうるほど、第二次大戦から冷戦にいたる東欧の不条理で過酷な歴史とその中でさまざまな運命を強いられた人間を表象しようとしていることが了解される。それは、もちろん“読者の勝手な読み”にすぎないが、われわれはそこに意味の網目を疑うことはできないのである。こうして、ヌーボーロマンによっていったん死刑を宣告されたバルザック的なものの要素の一つが、まったく新たな形で、復権を始めているように思われる。

アゴタ・クリストフの小説が、たとえ、メタフォールかもしれないとの警戒感を終始解くことができないとしても、それでも、われわれは、小説のいたるところに、歴史に対する照合が仕組まれていることを疑いえない。それは、バルザックのように人物の物語によって<真実>の歴史を表象しようとするのではなく、人物も歴史も混沌の中に放置したままで、そこに不意に、あたかも、いくつかの人物の物語という“真実の凝固剤”を注ぎ込むような印象を受ける。もちろん、もはや神が死んだ現代では、そこにありうる<真実>は歴史の単なる一切片でしかない。しかし、われわれはそれによって、たとえ相対的な条件付のものであろうと、暗然とした歴史における人間のある真実を見定めえた印象を受けることだけはまちがいない。

このような歴史性を作品に帯びた作家は、もちろんアゴタ・クリストフ一人ではあるまい。ミシェル・トゥルニエ、ミラン・クンデラ、また、他の活躍中の現代作家にも、そうした傾向を見ることができるだろう。歴史と小説とは、ふたたび、しかし、まったく新たな形で、その関わりを復活させる試みを始めているのかもしれない。そして、それは、<物語>の復権とともに来るべき、必然の帰結のように思える。作家のことばが意味を担うとき、言葉は本来の社会性を取り戻す。そして、物語の言語によって、作家が人間の生の探求を行うとき、そこには必ずある時代特有の社会の問題がたち現われ、小説は大なり小なり歴史的なものとなると考えられるからである。

 

ところで、バルザックにとって小説とは何であったのか。性急にレアリスムの新たな再生の可能性を唱える前に、バルザックの小説における<真実>について考察しておく必要があるだろう。

 

バルザックが、人物再登場という手法を発想して、百篇ちかくに及ぶ自分の小説に『人間喜劇(ラ・コメディ・ユメンヌLa Comédie humaine)』という総題を付し、一つの全体小説にしたことはよく知られている。その総題での「喜劇」とは「コメディcomédie」の訳語であるが、「コメディ」は、実は一般的な意味での<喜劇>を意味するのではない。ダンテが『神曲』、『ラ・ディヴィナ・コメディアLa Divina Commedia』で、地獄から天国にいたるあの世の世界、すなわち「神の(=ディヴィナDivina)」世界を書いたのに対し、バルザックはこの世の「人間の(=ユメンヌhumaine)」世界を書く、と、高らかに表題で宣言しているのである。その際、コメディというのは、単に文体を示しており、ダンテが『神曲』を語彙の限られたトラジェディ(悲劇)のラテン語荘重体ではなく、ダイナミックな表現が可能な語彙が豊富なコメディ(喜劇)の平俗体(イタリア語)を用いて書いたことに依拠している。

この総題からしてすでに高い矜持を表しているバルザックの大小説群は、ついには未完に終わったが、やはり、そこには一つの壮大な意図があった。『人間喜劇の総序』に、次のようなくだりを読むことができる。

 

<歴史>とよばれる、あの無味乾燥でうんざりする事実の羅列を読むと、エジプトでも、ペルシャでも、ギリシャでも、ローマでも、あらゆる時代において著述家たちが、われわれのために風俗の歴史を書き残すのを忘れているように思われる。」(一四)

 

「悪徳と美徳の目録を作り、情熱の主要な事実を集め、性格を描き出し、社会の主要な事件を選んで、いくつかの同質的性格の特徴を集めて典型を作りあげれば、おそらく私は、多くの歴史家に忘れられていた歴史、つまり風俗の歴史を書くことができるだろう。多大の忍耐と気力をもってすれば、われわれすべてがそれのないことを残念に思っているあの書物を、私は、十九世紀のフランスについて、実現することができるだろう(・・・)。」(一五)

 

ここからは、バルザックが、自分の小説を単なる虚構とはまったく考えていないことが明瞭に読み取れる。それどころか、バルザックは『人間喜劇』を、興味深く読みうる「風俗の歴史」という言い方をしつつも、暗に、いかなる歴史書より価値のある<生きている歴史>、人間の<真実の歴史書>である、と述べようとしていることが読み取れる。このようなバルザックの信念はどこから由来するのか、『総序』は、またこうも語っている。

 

「すべからく芸術家が追い求める賞賛に私が値するためには、社会的諸事象のもろもろの原因ないしは唯一の原因を探求し、人物や情熱や事件の膨大な集合の中に隠された意味をつかみ取らねばなるまい。つまり、この原因、社会を動かす力、それを私は見出したとは言うまいが、ともかくそれを追求した後に、自然の原理について考察し、社会が真や美といった永遠の規矩から遠ざかったり近づいたりするのは何によるのか見きわめる必要があるのではなかろうか。」(一六)

 

「作家が携えている規範、これこそが作家を作家たらしめるものであり、恐れることなく言えば、作家を政治家と同列に、いや、もしかするとさらに上位に位置づけるものであろうが、その作家の規範とは、あらゆる人間的事象に何らかの決定を下すことであり、何らかの原理に絶対的に献身することである。」(一七)

 

たとえば、科学者は、様々な実験から、あるいは自然の観察の中から、注目すべきいくつかの事実を見出し、そこから法則をあるいは原理を帰納する。そこで重要となるのは、実験の経過や観察の対象を詳述することではなく、帰納された法則や原理を的確に記すことである。これと同じように、作家は歴史社会を観察し、そこから人間的原理を帰納しなければならない。また、その原理を最も適切に記さなければならない。これまでの歴史家の歴史は、「無味乾燥でうんざりする事実の羅列」であり、いわばたんなる観察報告にすぎない。バルザックの言わんとしていることは、おそらく、そういうことである。それゆえ、重要なのは、さまざまな事実の核心にある本質的原因と、その結果を作り出した原理を見出すことにある。

 

「この著作の意味を正しくとらえてもらえるなら、私が、たえず繰り返されている日常の人知れない、あるいは誰でも知ってる事実に、個人の生活におけるもろもろの行動に、その行動のきたる原因と原理に、これまで歴史家が諸国民の広く知られた生活上の事件に払ってきたのと同等の重要性を付与することを了解してもらえるものと思う。」(一八)

 

バルザックにとって、人間行動の源となる原因もそれをある仕方で動かす原理も普遍的なものであり、それは多くの場合、大事件の中よりも、むしろ日常において頻繁に見られる事実の中で容易に見出される。ある出来事がありきたりの事として終わるか歴史的な大事件に発展するかは、それを取り巻くさまざまな条件の相違によるのであって、原因や原理は変わらないと考えるのである。したがって、作家にとって、最も重要で不可欠なことは、原理を帰納する知力と原因を見抜く慧眼を持つことである。その上で、はじめて<真実>が見出されるのである。

けれども、人間社会における<真実>は、現代作家にとってと同様、はやくもバルザックにおいてすら、相対的なものである。ある一つの事柄も、立場や利害が異なればまったく違う事実として映ることを、『人間喜劇』はいくども描いているのである。そこに見られる基本的な図式の一つは、階級的利害の衝突よって生ずるもので、たとえば、ブルジョワジーから見れば当然の欲求が、貴族階級から見れば分を越えた不当な欲求となる。人物たちは、そこで、互いに自らの正当性を確信しつつ戦いを展開するが、両者にとって、最も関心を寄せている一つの事柄は、けっして同じ事実関係を有してはいない。つまり、人間社会において、社会的事柄についての<真実>は相対的なものであることを、やはりバルザックも示しているのである。また、一つの共同体を形成する人間たちが不滅のもののように考えている自分たちの道徳や規範も、国境を越え、宗教も文化も異なる世界に行けばけっして同じでないことを、やはり次のように述べている。

 

「ヨーロッパで感心されることも、アジアでは罰せられる。パリでは悪風でも、アゾーレス諸島を越すと必要事となる。一定不変のものなどこの世に何一つなく、あるものはただ風土のいかんによって改まるしきたりだけだ。社会のあらゆる鋳型に次々とやむをえずわが身を押しこむ者にとって、もはや信仰とか道徳などは空しい言葉だけのものにすぎない。あとに残るものは何かと言えば、自然がわれわれ人間に生みつけたただ一つの本物の感情、すなわち自己保全の本能というものだけだ。」(一九)

 

<真実>同様、道徳にしろ規範にしろ、社会性を持っているものは、みな、絶対ではないのである。

けれども、バルザックが現代の作家とまったく異なっていたのは、いわば、そうした相対的<小真実>の上に、永劫不滅の普遍的<大真実>があると確信していたことである。

バルザックは、人間の精神にも、能力にしたがって階層が存在すると考えていた。自伝的要素をもつ哲学小説『ルイ・ランベール』によれば、大部分の人間の知性は「本能圏」にあり、社会において知的な活動を行う少数の者が「本能圏」の上位から「抽象圏」にある。そして、一握りの天才のみが「特殊圏」に到達し、彼らには次のような特殊な能力=スペシアリテがある、とされる。

 

「スペシアリテは物質界ならびに精神界の事物を、その起源の根幹や結果の末梢にわたって見ることにある。人間世界の最も優れた天才は、抽象の闇から出発してスペシアリテの光明に到達した人たちである。(・・・)スペシアリテは結果として直観をもたらす。直観は内的人間(天才)の一つの能力であり、スペシアリテを備えていることはその属性である。」(二〇)

 

バルザックの哲学では、たとえば無限に多様な実在の木から<>という一つ抽象的実体が成立するように、万物には人間の脳へと立ち上ってくる一種の精神エネルギーのようなものがあって、それが脳に吸収され集約されてバルザック特有の意味における「意志volonté」というものが形成される。「意志」は、脳の中で組織化されて「思惟pensée」となるが、「人間の頭脳装置の完成度の大小によって、思惟のとる形には無数の変異が生じる」(二一)。したがって、個々の人間にはさまざまな「思惟」があり、それが一つの有機体を形成して「観念idéeの世界」ができあがるのだが、それもやはり完成度の大小によって、既述の「本能圏」、「抽象圏」、「特殊圏」という階層に分けられる、というのである。

バルザックは「事実は何ものでもない。そんなものは存在しない。われわれから依然として残るものはただ観念のみ」(二二)と言う。このことをバルザックの哲学に則して敷衍すれば、世界は意識がなければ存在しない。また、意識がただあらゆるものを捕捉するだけなら、世界にはあらゆるものが満ちていると同時に何もない。意識が世界を秩序づけなければ、世界は外在しても、人間にとっては存在しないのと同じである。そこには、常に今があるだけで過去も未来もなく、すべてがただ在りのままに通り過ぎてゆくだけだで、何も残らないからである。つまり、世界は人間の抽象能力によってのみ存在するのである。また、人間は一つ一つの実在を個別に認識してゆくことはない。個別性に拘泥すればそもそも言葉が生まれえない。世界には一本として同じ木はなく、一枚として同じ葉はないが、木という語があり葉という語がある。木という実体、葉という実体は、人間の抽象能力によって精神の中に形成されたものである。それゆえ、単なる物理的実在としての「事実は何ものでもない」。「そんなものは存在しない」、のと同じである。別の言い方をすれば、人間にとって、世界とは、意識にとらえられ秩序づけられた姿でしかないのであり、意識がとらえる限りにおいて、世界は現前するが、世界が世界として認識されるには、世界が分節化され、本質的な要素が脳の中に集約されなければならないのである。したがって、認識された世界は、現前する世界より高次の姿として存在していることになる。

そのような本質性の集約化を、一般的な知能の範囲を超えてより高度なレベルまで推し進めるうるのが天才であり、彼は「特殊圏」にあって「スペシアリテ」を持ち、「直観」によって任意の対象の世界における最も本質的な姿を瞬時にとらえることができる。そう、バルザックは考えていた。

 

「作家は自分の中に、想念にしたがって世界が自らを映しに来る何かわからぬ集光鏡のようなものを持っていなければならない」(二三)

 

この「集光鏡」とは本質を映し出す鏡であり、われわれが行う抽象化よりも数段高いレベルの抽象化を行って、世界を高次の<真実>へと凝集させる特殊な鏡である。したがって、<大真実>は世界の究極的な集約化、抽象化、純化によるのであって、それは、人間の精神の属性が普遍的であるかぎり、当然普遍的で絶対的な性格を持つ、とバルザックは考えたのだった。

 

「歴史は、小説のように、美しい理念へ向かおうとする法則を持っていない。歴史はあるがままであり、またそういうものでなければならないのだろう。一方、小説はよりよい世界でなければならない、そう前世紀の最もすぐれた精神の一人であるネッケル夫人は述べている。」(二四)

 

バルザックにとって、事実を列記する「歴史」は十分な本質化がなされ得ない、か、なされていない。それに対して、小説の世界は独自の秩序を持つ自律した世界である。そこには、サロートのいうように、「何から何までそろっている」、と同時に、何一つ無駄なものはない。すべてがもくろまれた何かの一部分を構成しうるからである。そのような世界が現実の世界と等価であるはずのないことは、いかなる読者も知っている。読者は小説を虚構として受け取り、作者もそれを前提として創作を行う。しかし、バルザックにとって、小説は、小説であって小説ではない。あくまで虚構にはちがいないが、ただ単なる虚構ではないのである。バルザックは、『ゴリオ爺さん』の中で、「このドラマは作り事でもなければ小説でもない。すべては真実なのだ」(二五)と叫んでいるが、それは、まさしく言葉どおり、虚構にしか適切に真実を表現しえない、という、バルザックの信念の表明なのである。

 

あらためて言うまでもないが、いかなる作家も時代のエピステーメのうちにある。バルザックは、人々が人間の知性の進歩に対して強固な確信を抱いていた時代に生まれた。十七世紀初めから十八世紀前葉にいたるケプラー、デカルト、ロック、スピノザ、ニュートン、ライプニッツ、ビュフォン、コンディアックといった哲学者たちの学問が、十八世半ば『百科全書』の中に結晶化することで、その知は貴族やブルジョワたちのあいだに徐々に拡がり、浸透し、ブルジョワ的合理性を志向する時代精神をいっそう強固なものにしたことは言うまでもない。そして、おそらく、その合理性への確信が、あたかも信仰のように、あらゆる矛盾と戦う力を与え、革命のエネルギーとなって、人々を新しい世界の秩序形成へと動かしたにちがいない。まさに、十八世紀は「 光の世紀 ( シエークル・デ・リュミエール ) 」であり、光を浴びた種が、芽を出し、大きく育ったのだった。

だが、成長した植物は、実を結ばせ、やがて朽ちてゆくだろう。それが、おそらく十九世紀である。十八世紀の最後に生まれ、十九世紀の前半を生きたバルザックの時代は、けだし、その実が朽ちる前の最高の成熟に達した時代であるように思われる。

ちょうど、ニュートンの時代に錬金術と化学との区別がなかったように、バルザックの時代には疑似科学と科学との境界がきわめて曖昧だった。今日では荒唐無稽とされる推論も、当時は、しばしば、初めて見出された科学的法則として、多くの人に受け入れられた。すでに挙げた骨相学や観相学のほか、当時パリでは、メスメルの生体磁気説が一世を風靡していた。言うまでもなく、科学であるためには、再現や再確認が可能でなければならない。しかし、当時の人間は、いわば緻密で深遠な想像力を科学的考察と同列にみなしていた。現象からの帰納と、そうして得られた結論からの演繹が科学であり、技術的に実験による検証に多くの困難がある時代にあっては、哲学と科学とは同義だったのである。そして、バルザックにおいては、哲学と科学と小説とは、ほとんど同じ盤面上にあった。それゆえ、バルザックは“小説という学”を打ちたてようとしたのだった。

『人間喜劇』は普遍的な学たるために、体系化が試みられている。諸作品は、『風俗研究』、『哲学的研究』、『分析的研究』の三群に分けられ、『風俗研究』は結果を、『哲学的研究』は原因を、『分析的研究』は原理を描くことを総括的命題としている。さらに、その中の最も大きな部分をなす『風俗研究』は、『私生活場景』、『地方生活場景』、『パリ生活場景』、『政治生活場景』、『田園生活場景』に分けられ、人間精神の揺籃期から老年に到るまでの各段階をそれぞれの全体的テーマとして分担し、人間をあらゆる相から描くことをもくろんでいる。

現代、およそ、われわれは、もしかするとあらゆる科学法則も、人間が世界をとらえるひとつの形式にすぎないのではないか、と考える地点にまで到っている。当然、バルザックとはまったく異なる時代に生きているのである。その現代にあって、単に旧来のレアリスム形式の復権を唱えるとしたら、それはまったく愚劣なことにちがいない。しかし、バルザックに対する死刑宣告から半世紀になろうとするいま、その論告が本当に正当なものであったかどうか疑義を呈することは、小説が長い低迷期にあるだけに、許されうることにちがいない。また、それによって全否定されたレアリスム形式の一端が、復権を果たしうる正当性を持っている、と述べることも、許されうるのではなかろうか。

サルトルの「人間においては実存が本質に先立つ」との定義は、いまや人々に自明の理として受容されている。われわれは、みな、ある人間の本質はその人間が死してからでなければ真に検討することができないことをよく知っている。あるいは、また、われわれは、永遠にそのようなことは不可能であるかもしれない、とも思っている。しかしながら、実生活において、われわれは、事実上、他の生きている人間の本質をつねに検討しながら生きているのではなかろうか。「実存が本質に先立つ」のは一人一人の人間存在の倫理的情況としてなのであって、人間が人間に対する時、人はつねに相手を検討し判断し、また再検討し修正して、生きている。昨日までいっしょにいた人間と、数年会わなければ、われわれにとって、その人間の本質は数年変わらない。数年後再会するとき、人はその人間を自分の中に蔵されたその人間の、客観的に言えば、暫定的で不確かな、本質から照らして見るだろう。そのとき、照合に狂いが見出されると、人はそれを修正し、新たなその人間の本質を作る。要するに、われわれはサロートの批判する「レッテル」を他者に貼り付けて生きているのではあるまいか。しかも、そのことは人間に対してばかりではない。あらゆるものに「レッテル」を貼ろうとし、たとえ流動的なものではあっても、貼ることによって自分の生を選択する根拠となる世界の秩序をみずからに作り、維持し、またそうすることによってはじめて、何らかの安心を得て生きているのである。

サロートが嘲笑するように、「レッテル」を貼ることは、愚劣なことである。ことに、人は、自分にレッテルが貼られることを忌み嫌う。それはサルトルが言うように、人間は常に未来に向かって「投企」する存在であり、自分を作り変えてゆく存在だからである。けれども、われわれは「投企」に際しても「レッテル」を用いてはいまいか。“こうありたい”と思ったとき、そこには、ある本質的な人間観や価値観が、つまり「レッテル」がありはしまいか。けだし、あらゆるものに「レッテル」を貼るのは、人間の精神の属性なのである。それゆえ、肝心なことは、人間は「レッテル」を貼る存在であるということを知ることであり、その「レッテル」はきわめて不確実で信頼の置けないものであるということを自覚することであり、その上で、自分の思考と見識を深めることによって常に精緻な「レッテル」を貼り、かつ、いつでも過ちを正してそれを貼り換えうる柔軟で明敏な目をもつことだろう。

ところが、いまや、われわれは「レッテル」を貼りたくとも、容易に貼れない時代にいる。現代世界は、絶対的価値の喪失を経験したばかりでなく、さまざまな事象が広く深く大きく複雑に入り組んで、しばしばわれわれの認識可能範囲を越えているように思われるからである。だが、それゆえにこそ、時代は新たなバルザックの出現を嘱望しているようにも思われる。われわれは、おそらく、作家の何かわからぬ「集光鏡」に、今のこの世界の姿が映し出され、そこに新たな「レッテル」が貼られることを、期待しているのではなかろうか。おそらく、容易に歴史をとらえられないいまだからこそ、人々は自分の位置を知りたいと思い、茫洋とした大海での海図となりうる『人間喜劇』のような規模の大きな小説の出現を望んでいるのではなかろうか。

 

(佐野栄一)

 

 

 

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(一)ミシェル・ビュトール、『文学の可能性』(中央公論社)四五頁、平岡篤頼訳。

(二)ロブ=グリエ『未来の小説への道』、『新しい小説のために』(新潮社)一七頁、平岡篤頼訳。

(三)ナタリー・サロート『不信の時代』(紀伊国屋書店)四一頁、白井浩司訳。

(四)Eugénie Grandet, Pléiade tome 3, p.1036 『ウジェニー・グランデ』の訳は、

若干の修正をのぞいて、東京創元社版バルザック全集の水野亮訳を使わせていただいた。

(五)ibid.

(六)Avant-propos de la Comédie Humaine, Pléiade tome 1, p.15

(七)Contes drolatiques précédés de la Comedie Humaine, Pléiade, p.165.

(八)(二)ロブ=グリエ『時代遅れの若干の概念について』、『新しい小説のために』(新潮社)三二頁、平岡篤頼訳。

(九)ナタリー・サロート、同『不信の時代』四五頁。

(一〇)同四三頁。

(一一)ミシェル・ビュトール『戦後のフランス小説』、『文学の可能性』(中央公論社)三六―三七頁、平岡篤頼訳。

(一二)ジャン=ポール・サルトル『実存主義とは何か』(人文書院)一六―一七頁、伊吹武彦訳。

(一三)アゴタ・クリストフ『悪童日記』(早川書房)、三十六頁、堀茂樹訳。

(一四)、Honoré de Balzac : Avant-propos de la Comedie Humaine, Pléiade tome 1, p.9

(一五)、ibid., p.11.

(一六)、ibid., p.11.

(一七)、ibid., p.12.

(一八)、ibid., p.17.

(一九)、Gobseck, Pléiade tome 2, p.969. 水野亮訳にしたがった。

(二〇)、Louis Lambert, Pléiade tome 11, p.688.

(二一)、ibid., p.685.

(二二)、ibid., p.687.

(二三)、Préface de la Peau de Chagrin, Pléiade tome 10, p.51.

(二四)、Avant-propos de la Comedie Humaine, Pléiade tome 1, p.15

(二五)、Le Pere Goriot, Pléiade tome 3, p.50